梶山 晃義 (かじやま てるよし)

1976年水戸で生まれ府中で育つ
明治学院大学卒
東洋鍼灸専門学校卒

少年時代は府ロクでサッカーに熱中。
高校生の頃からアトピーが悪化し始め
大学生の頃はほぼ寝たきりでした。
断食やマクロビオティックなど
様々な体質改善方法を実践しました。


趣味はサッカー観戦と音楽鑑賞。
J-POPから洋楽ロックまで
幅広く聴きます。

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ありがとうございます。

私は大学生時代に寝たきりになるほど
重度のアトピー性皮膚炎でした。
つらい、悔しい、痛い思いでいっぱいの中、
どうにか良くしたいと涙を流しながら模索して
鍼灸と出会いました。
自分のような酷いアトピーの場合、
鍼灸だけでの改善は無理だな…と
いうのが正直なところです。
しかし、東洋医学を学んだことで
体と心は繋がっている(表裏一体)という
心身一如を実感し
何年もほぼ寝たきりだった状態から
健康な人と同じように働き、
結婚することができました。

結婚後は、赤ちゃんが欲しいがために
1年は12カ月!
排卵は月に1回だから
チャンスはあと○回!!と
妻をとことん追い詰め、苦しめては
過去の飲酒や喫煙を責めていました。
なぜなら、”飲酒や喫煙の悪影響が子宮に溜まる”
という考えが東洋医学にあることと、
妻は先天の精が弱いためです。

そして私達夫婦は
なかなか妊娠できないうえに妊娠できても
心拍確認まで育たないという
習慣性流産を繰り返していたので
余計に焦りが強く、食生活も厳しくしていました。

当時、色々調べても原因が分からず
大きな病院で嫁が激痛の検査後に言われた言葉は
「原因はわからないけど、
とりあえずヘパリン打つ?」でした。
検査が痛すぎた(嫁)のと
原因が分からないのに
自己注射を続けなければならないのは
心身共に耐えられないかもしれない…と
夫婦で相談してヘパリン注射は選択しませんでした。
嫁は検査の影響で
しばらく寝込んでしまうし
おまけに何か月も生理周期が狂ってしまって
まさに泣きっ面に蜂でした。
そんな残酷な地獄が数年続いた中で(自分はメンタルだけ)
妻は甲状腺機能が低くなって薬を服用し始め5回目の妊娠。
初めて心拍確認ができてから
奇跡的に出産までお腹で育ち
第一子が生まれてきてくれた奇跡と
感動は本当に忘れられません。

ですが、当時は両親や弟達にも臨月近くまで
妊娠報告ができませんでした。
「もし、また…」という流産の不安と恐怖で
自分はいっぱいいっぱいだったので
妻への精神的フォローは全くでした。
今では暗黒の数年間が嘘のように
4人の子供に恵まれ
とても騒がしい毎日です(妻が)。
  
苦労自慢ではありませんが
自分は他の人以上に
辛く苦しい思いをしてきたので
少しでも誰かの力になれればと
日々精進を重ね心を込めて施術を行っています。
帰る時の皆さんの笑顔が何より嬉しく励みになり
また、変化させられなかった方には自分の技術不足を反省し
他の効果的なアプローチを模索、勉強しています。

東洋医学もまだまだ未知な部分が多く
疾患に対して意外なところに
症状を変化させられるツボがあるのが現状です。
これは秘伝のタレのようなもので
教科書や書籍には載っておらず
勉強会に参加したり
自分で探して学び、実践し、
その中から最適と判断した施術を提供しています。